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新日本三景
| 大沼 | 三保の松原 | 耶馬渓 | |
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| 所在地 | 北海道亀田郡七飯町 | 静岡県静岡市清水区 | 大分県中津市 |
| 公式WEB | 大沼観光協会 | 静岡県/三保の松原紹介 | 耶馬溪地域のページ |
| 名所 | 大沼公園 駒ケ岳 |
天女の羽衣の松 『薪(たきぎ)能』のかがり火 薪能・海岸に向かう沿道 |
耶馬渓ダム湖 一目八景(ひとめはっけい) 擲筆峰(てきひっぽう) 溪石園(けいせきえん) 桧原マツ 小柿山光円寺のしだれ桜 後藤又兵衛の墓 光円寺格天井の書画 長岩城址 千年杉の雲八幡宮 |
| 情報 | 大沼国定公園ガイド まるごと大沼 | 三保の松原の風景 | 深耶馬渓の紅葉 |
新日本三景
1915年、日本三景にならって実業之日本社主催による新日本三景の選定が行われ、全国投票の結果北海道亀田郡七飯町の大沼、静岡県静岡市清水区の三保の松原、大分県中津市の耶馬渓が選ばれた。
■大沼国定公園
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
大沼国定公園(おおぬまこくていこうえん)は、北海道南西部、渡島半島基部にある渡島駒ヶ岳とその西麓にある大沼、小沼を包括した国定公園。道内の上級公園では最も指定面積が狭い。1958年(昭和33年)7月1日指定。
渡島駒ヶ岳は円錐形の成層火山で、現在も活動が盛んなため爆発による崩壊により、山頂部は特異な姿を象っている。
大沼及び小沼は渡島駒ヶ岳噴火による土石流が山麓部の凹地を堰き止めて形成されたもの。大沼を代表に小沼、蓴菜(じゅんさい)沼などが点在し、周囲のシラカバ、イタヤカエデ林と相俟って、さながら裏磐梯のような風雅な湖沼景観を呈する。新日本三景にも数えられる景勝地である。
■三保の松原
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
三保の松原(みほのまつばら)は、静岡県静岡市清水区の三保半島にある景勝地。白砂青松の総延長7キロの美しい松林が続く海浜(砂嘴)と、駿河湾を挟んで望む富士山や伊豆半島の美しい眺めで有名。その美しさから、日本新三景・日本三大松原のひとつとされている。日本の白砂青松100選にも指定されている。
また、羽衣伝説の舞台でもあり、浜には天女が舞いおりたとされる羽衣の松と呼ばれる樹齢650年の老松があり、付近の御穂神社(みほじんじゃ)には、羽衣の切れ端が保存されている。
■耶馬渓
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
耶馬渓(やばけい)は、大分県中津市にある山国川の上・中流域の渓谷である。景勝地として知られており、大正時代には新日本三景の一つに選ばれている。1923年(大正12年)に名勝に指定され、1950年(昭和25年)に一帯が耶馬日田英彦山国定公園に指定された。
溶岩台地の浸食によってできた。1818年(文政元年)に頼山陽がこの地を訪れ、「山国谷」をもじって中国風の文字を宛て、「耶馬渓天下無」と漢詩に詠んだのが、耶馬渓という名前の起こりである。なお、「耶馬」が「ヤマ」とも読めることから、邪馬台国の比定地をこの地に求める説もあるが、上述のように耶馬渓という名前は江戸時代まではなかったのであり、この説は根拠のないものである。
頼山陽が耶馬渓と命名したのは、現在単に「耶馬渓」と呼ばれている辺りだけであるが、その後周辺の渓谷についても「耶馬渓」という名称が使われ、本耶馬渓・裏耶馬渓・深耶馬渓・奥耶馬渓などと称している。



